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2007/06/17

こんなんばっかし

本日のサンデープロジェクトで、民主党の長妻昭議員と自民党の大村秀章議員のほとんど漫才に近い議論をやっていた。長妻議員の理路整然とした指摘に対して、大村議員は相手の言うことを遮って「5000万件を調べる」の一点張りで大部分を民主党攻撃の怒声で費やしていた。議論もくそない。あげくの果てには、出演者の財部誠一氏が切れて、「人の言うことを聞け」と怒鳴られる始末。TVタックルなどにもよく出演している。昭和35年生まれだから47歳。こんなことやってると次代を担う人にはなれんだろう。余計なお世話だが。

 片山さつき議員も、「消えた年金」問題で民主党の菅直人代表代行を批判するビラを10万枚も作成し、党内外から批判が続出した。「報道2001」では、大村議員と全く同じように、年金問題について他人の意見を聞かずに「違う、違う」と話の途中で割って入り、一方的な持論ばかり展開した。エリート意識丸出しで自分を天才だと言って憚らず、謙虚さのかけらもない。品性下劣な性格もだけれど、三本横筋の額と上目遣いの表情に、ほとんど久本雅美並に生理的な嫌悪感を覚えて、彼女が出てくると必ずチャンネルを替える。

 こんなのを自民党の論客として多くの視聴者が見ている看板番組に出演させるなど、自民党はよほど手詰まり状態と見受けられる。これでまた支持率が下がるだろう。

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2007/06/03

なぜ松岡を降ろさなかったのか

前にも書いたように、既に松岡首つり事件は沈静化と言っていいフェーズになっている。衝撃が日本中を走った時に感じた空気は一種異様なものであった。なぜなら、奥さんは気丈に、とは言うけれど「アレ、もう後釜を決めて選挙対策が始まったのかな」と思わせるに十分だったし、テレビに出てくる人で涙を流している人が皆無だったからである。あまりの悪人で、彼の死を心底悼む人がほとんど誰もいなかったということなのだろうか。そんな中で気付いたのはムネオ議員と高市早苗議員はハンカチを取り出していた。高市議員の方は、テレビカメラの前で座り込んで泣いていたが、特に緊密な関わりがあるようでもなく、単なる演技だったのかそれとも何か深い関わりがあったのか、不思議な光景だった。

それにしても、松岡の悪評が次から次に出てくる。
現役雑誌記者による、ブログ日記!by オフイス・マツナガ
http://officematsunaga.livedoor.biz/archives/50386293.html

「松岡から悪を取ったらないも残らない」
 元熊本県警本部長が言うように、熊本県では悪名を馳せてた。
 松岡農水大臣は声これまでにも鈴木宗男代議士が逮捕された「やまりん事件」や「ハンナン事件」等に名前が挙がっていたし、1990年の初当選以来、運動員の選挙違反は数知らず、逮捕か連座制で議員の地位も吹っ飛びそうなことも度々あった。
 それでもしぶとく生き残り、ついには2006年に安倍政権誕生と共に農水大臣に就任したのである。
「あいつだけは閣僚にしてはいけない」と言われ続けてきた人物の一人だったのに・・・。
 まさに執念の農水大臣就任でもあった。
 だが、農水大臣になったのが仇だったのか、大臣の首を取れとばかりにマスコミが農水大臣の周辺を調査したのは言うまでもない。

 大臣就任早々、出資法違反容疑の会社から100万円のパーティ券購入、女性問題等が続出。
 地元でもヤクザがらみの産廃問題、砂利利権、バイオ利権などが噂されていた。
 また、松岡事務所は利権の巣。何か公共に参入しようとすれば必ず献金やパーティ券を買わされる。それでも仕事がないよりマシだと後援者の中では「必要悪」のような存在だったそうだ。

こういう悪党なら、悪党なりの美学があるだろうに、なぜ首をくくったのだろうか。
前述の現役雑誌記者による、ブログ日記!によれば、

東京地検特捜部は5月24日、25日に緑資源機構の元理事や天下り会社などの関係者6人を逮捕すると共に関係先を家宅捜査したのである。
 特に松岡農水大臣への致命傷となりそうなのが「阿蘇小国郷建設事務所」への家宅捜査であったようだ。
 農水省は2001年度から森林と農用地を一体的に整備する「特定中山間保全整備事業」を策定し、事業主体は独立行政法人緑資源機構とした。
 事業対象は熊本県の「阿蘇小国郷区域」と島根県の「邑智西部区域」でそれぞれ154億円、120億円の予算が付いている。
 松岡農水大臣は「阿蘇小国郷区域」の事業に地元の後援土建企業14社を参入させていおり、2005年までの3年間で1300万円の献金をしているのだ。
 また、摘発された公益法人やコンサルタント会社から850万円の献金も受けていた。
構造は簡単。
 「土建業者ー松岡農水大臣への献金ー緑資源機構へ斡旋?ー土建業者へ発注という絵に描いたような図式が透けて見えるのだ。
 松岡農水大臣は農水・林野畑一筋。副大臣や現職農水大臣として農水利権は一手に握っていた。
 場合によっては「あっせん利得罪」、「斡旋収賄罪」などの適用が可能な事件である。

しかし、松岡の首つりについてはおかしな事がまだある。「週刊新潮」が取り上げている。松岡自殺を発見したのはSP、施設長ほか3人で、12:20。119番への通報は12時29分。救急隊が到着したのが12時42分であるが、その時にまだ首つり状態だったという。どう考えても、発見したらまず身体を降ろして息をしているか確かめ、蘇生を試みるだろう。特に、SPはそれくらいの知識は当然あるだろう。なのに、発見してぶら下がったまま9分もそのままにしておいてやっと救急に連絡、さらにそのまま放置し、実に20分間もぶら下がったままだったという。しかも、意識不明、心肺停止状態であっても、救急隊は必ず呼吸、脈拍、血圧を測定するはずなのに、CPAシート記入がないという。ニュースではストレッチャーの上で懸命に救命措置を取っているかのようにしながら慶応病院に運び込まれていたが、20分間も放置していたことは報道されなかったし、今でも週刊誌以外では報道されない。

遺書が本物かという疑惑もそのまま残っている。現物が出てこないのであるから、筆跡を調べることもできない。このまま、闇に埋もれてしまうのだろうか。

本来、他の動物と同じように、ヒトも自殺するようには作られていない。生きるように作られている。死に直面すると全身全霊をかけて生きようとするものなのだ。だから自殺する、というのは生きようとする本来の機構が何らかの原因で壊れてしまった状態なのだ。きっかけとなることにはいろいろあるだろう。松岡大臣にもきっと何かきっかけとなる、彼の生きる気力を奪い去ってしまう致命的な何かが起こったに違いない。

彼は農林水産大臣として5月27日のJRAダービーに皇太子を招待する立場にあった。アベ首相は夫人とともに観戦していたが、松岡の姿はなかった。アベ首相は夫人の勧めで買った馬券が的中して、上機嫌でダービーを楽しんでいたという。一説には、アベ首相が松岡の同伴を拒絶したという。皇太子の手前、十分にありうることだ。もしそうなら、「緑資源機構」で追い込まれていた松岡にとって、アベ首相のこの仕打ちが決定的な意味を持ち、松岡を絶望させたことは十分に考えられる。松岡は、26日に熊本に帰って墓参りをしたと報道されていたが、実は熊本の自宅マンションに篭っていたという。彼の心境が伺える新らしい事実だ。

【追記】 20070604 松岡を降ろさなかったのは、もう助かる見込みがないと判断したからだろう、と書いてあるブログがあった。 これは違うだろう。上にも書いたように、発見したらまずヒモを切って降ろして生死を確認するだろう。仮に助かる見込みがなさそうであったとしても、いつ実行したのか時間が分からないのだから、蘇生術を試みるのが人間のすることだろう。

アベさんは、その日のインタビューに答えて「安らかな顔をしていた」と言っていたが、本当に顔を見たのだろうか。昏睡状態で成仏したのではないのに、縊死なのに本当に安らかな顔をしていたのだろうか。アベさん以外にそのような感想を語った人を知らない。

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2007/06/02

邦画1題 誰も知らない

2004年監督:是枝裕和、出演:柳楽優弥、YOU、中村晃子、平田満。
受賞:カンヌ国際映画祭 男優賞受賞/ブルーリボン賞作品賞・監督賞受賞

1988年実際に起きた事件をモチーフにした映画。アパートに母親(YOU)と12歳の少年、明(柳楽優弥)、京子、茂、ゆきの4人の子供たちが引っ越して来る所から映画は始まる。近所に母子家庭で4人も子供であることがバレると住めなくなるからと、大家には、父親が海外赴任中のため母と長男だけの二人暮らしだ、と嘘をついている。他の子供達は大きな声で騒がない、ベランダや外に出ない、というきまりを守るよう言い聞かせる。子供たちの父親は別々で、学校に通ったこともない。母親が働きに出ている間、明が家事や兄弟達の面倒をみていた。そんなある日母親は、新しい恋人と結婚することになれば、もっと大きな家にみんな一緒に住んで、学校にも行けるようになるから、と言いくるめて、僅かな金を置いてどこかへ行ってしまう。ある晩酔って帰ってきた母は、寝ている子供達を起こして、新しい恋人の話をする。翌朝、母親や20万円の現金と明に子供たちの面倒を見るようにとのメモを残して再び姿を消す。
 明は残された子供達の面倒を必死に見るのだが、元父親も手を差し伸べてくれない。水道も電気も止められ、公園で洗濯し、明がコンビニの賞味期限切れの弁当を分けて貰って、兄弟だけでけなげに強く生きていく。しかし、ある日、ゆきがベランダの外を覗こうとして台を踏み外して死んでしまう。妹をトランクに入れ、明と彼の友達の少女と二人で羽田空港の近くの空き地まで運んで埋める。・・・ というあらすじだ。
 流れていく時間と子供たちの生活をドキュメンタリーのように克明に刻んでいく。丁寧な隙のない構成であるが、その分、救いがない。是枝裕和は無口な長男の役を演じきっている。90点。

しかし、実は、この映画は実際の悲惨な事件のほんの一部しか伝えていない。

http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/family.htm
巣鴨子供置き去り事件

長いので、要約する。


 1973年、ある男女が同棲し、女は男が役所に婚姻届を出して貰ったと思い込んでいたが、実はそうではなかった。子供が生まれ、出生届の提出を男に頼むがこれも提出されていなかった。男は女を作り、会社の金を使い込んだうえ蒸発してしまった。長男は小学校へあがる年であったが、就学通知は来ない。彼女は自分は結婚していず、子供は戸籍がないということを知る。普通なら、役所の窓口を訪ねなり何らかの努力をするのだが、彼女はそうせず、それ以後、嘘で固めて生きていくことになる。
 事件発覚後、彼女が周囲についていた嘘も明らかになった。
「わたしは慶応大学を出て、いまは三越の外商部に勤務しています」。
「亡くなった夫は外交官でした」。
「息子は立教中学に通っています」等々……。
 そして、アパート入居の際には「これ、うちの職場で扱っているものですけど」と言って、三越の品物を隣近所に配り歩いたりもしていたという。
 その後も彼女は何人かの男性と知り合い、妊娠しては自宅出産を繰り返した。出生届は一度も出していない。結果的に彼女が産んだ子供は5人。そのうち次男は病死したが、彼女は次男の死体をビニールでくるみ、消臭剤を詰めて押入れに隠した。長男はそんな母親をみて育ち、下の子たちの面倒を見ながら大きくなっていく。母親はデパートの売り子をして子供たちを食べさせていた。
 1988年、母親に新しい男ができた。彼女はその男と同棲するため、子供たちをマンションに置き去りにしたまま出て行ってしまったのである。彼女は家を出る際、長男に「妹たちのことをお願いね。おかあさん、たまに様子みにくるから。お金は書留で送るわ」と言っている。当時、長男は14歳。妹3人はまだ7歳、3歳、2歳であった。母親が毎月仕送りしていた額は7〜8万だったという。あとはたまに電話をしたり、長男を呼び出して様子を訊く程度で、子供たちの住むアパートには寄ることもなかった。こうして子供たちだけの閉鎖された環境ができあがっていった。
 長男だけは兄妹のために買い物などで外に出ているうち、二人の友達ができる。ひとりは家庭が複雑なこともあり学校にもほとんど通っておらず、後にはこの家に住みついてしまった。もうひとりは家庭もあり、学校にも通っていたが攻撃性が高く、学校帰りに家に寄り付いていたという。
 幼い妹たちに食べさせていたのは菓子かカップラーメンか、冷凍食品。家の中は汚れ、下の妹ふたりはまだオムツをあてていたが1日1回換えればいい方、という状態で、栄養不良で動作は緩慢、臭いし、しょっちゅうむずがっていたという。
 ある日、長男の友達が買い置きしておいたカップラーメンがなくなっており、その少年が問いつめると、どうやら三女が食べたらしい。怒った友達はまだ2歳の三女を殴って折檻した。この折檻には、長男ともう一人の友達も加わったようだ。その後友達はまた折檻を始め、押し入れの上の段から何度も落とし、蹴りあげたりだんだんエスカレートしてついには動かなくなってしまう。長男は救急車も呼べず、母親の助けも呼べず、見よう見真似で手当ての真ねをしたが、翌朝、三女は冷たくなっていた。
 長男は、母親が次男にした事を真似て、ビニール袋に死体を入れ、消臭剤を入れて押し入れにしまいこんだ。しかしたちまち臭うようになり、友人と二人で、死体をボストンバッグに詰め、電車で秩父市の公園に運んだ。秩父を選んだのは昔Aが遠足に来たことがあるからと、「妹に山を見せてやりたいから」という。駐車場脇の雑木林に死体を捨て、上を木の葉や枝で覆った。
 7月に入って、大家が警察に通報。警察から福祉事務所に連絡が行き、子供が3人遺棄されているのが発見され、ただちに保護された。警察の家宅捜査の結果、次男の死体が押入れから発見される。事件はまたたく間にマスコミにも広がり、TVや新聞での報道がされる一方、母親への呼びかけが行われ、報道をみた母親は自分のことと思い、警察に出頭。子供たちに引き合わされ、そこで初めて「三女がいない。子供がひとり足りない」ということがわかった。
 まず母親が保護者遺棄、致傷で起訴。次女は重度の栄養失調だったため、さらに致傷罪が追加され、懲役3年執行猶予4年の判決がおりた。長男は三女に対する傷害致死、死体遺棄で起訴。しかし事情聴取するうち、長男の友人二人の関与が大きいことがわかり、長男には同情する余地が大きいとして、友人らは救護院送致、長男は養護施設に送られ、そこから学校に通うことになった。長女・次女も保護センターから養護施設に送られるものの、この2人はのちに母親に引き取られている。長男がどうなったかは、わからないという。

長男を責めることはできないだろう。ある意味では、駐車場の車の中に乳幼児を置いたままパチンコに没頭し脱水で子供を死なせる親の方が罪は重い。救いを見いだすとすれば、3人の子供達が生き残った事だろう。

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2007/06/01

とんでもない大臣

松岡利勝農水相が28日昼すぎ、東京・赤坂の議員宿舎で首つり自殺。
このブログにも以前書いたが、なんでこんな人が大臣になれたのかあっけに取られるような抜擢だった。勝谷氏はこの人を含めてあまりの品格のない大臣ばかりの人事に「薄汚い内閣」とまで吐き捨てたのだった。

この松岡大臣については、記憶に残るようになってからとんでもない話ばかりである。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H14/1407/140769matsuoka.html


鈴木宗男代議士が北海道の有力後援企業の製材会社「やまりん」を巡る斡旋収賄で起訴されたが、その捜査の過程で鈴木被告と同様に松岡利勝(写真右)、松下忠洋両代議士が、「やまりん」から資金提供を受けていた疑惑が浮上した。

 鈴木と松岡は義兄弟、盟友と称されるほどの関係、大声を上げ恫喝するその体質も瓜二つ。

 松岡は北海道で営林署長を務めた経歴があり、「やまりん」の創業者・山田勇雄会長、次男の哲社長に次ぐナンバー3の赤堀専務とは鳥取大農学部林学科の同窓生の間柄であり「やまりん」と近い。

 その「やまりん」から松岡は鈴木が献金を受けた同時期、200万円の献金を受け取っている。当時、松岡は国有林野問題小委員会委員長を務め、しかも資金管理団体の収支報告書にも記載はない。

 更に驚くことに「やまりん」問題の時の林野庁長官が現在、農畜産業振興事業団理事長に天下っている。

 狂牛病(BSE)問題では、農水省は和牛を国が買い上げる緊急対策を打ち出したが、この緊急対策を主導したのが松岡。しかも、この補助金交付を一手に引き受けたのが、問題の農畜産業振興事業団だ。その差益の一部が松岡に流れていたとの関係者の証言も飛び出している。


 日本でのBSEの発生を農水省が01年9月10日に発表し、食肉処理させる牛の全頭検査が10月18日から始まったが、10月17日以前に食肉処理された国産牛肉への不安が残ったので、農水省はこれを業界団体を通して買い上げ、償却する補助事業を、曲折の末に実施した。ハンナン・グループの浅田元会長は、買い上げ・焼却の対象ではない牛肉類などを該当牛肉だと偽って巨額の補助金を搾取した容疑などで、04年4月に大阪府警に共謀者らと共に逮捕 (AERA '06.11.27)

九州新幹線建設に絡む政治献金では、
http://www5f.biglobe.ne.jp/~kokumin-shinbun/H15/1507/1507060superexpress.html


 1兆4300億円の工事が進んでいる福岡、熊本、鹿児島を結ぶ九州新幹線建設に深く関わっている。

 「九州新幹線鹿児島ルート議員連盟」は、ルートを地盤にする国会議員で構成され、自民党有力議員の
資金管理団体などに7年間で総額10億円以上の政治献金がされていた。

 献金を受けた議員は、渡辺具能ともよし 衆院議員の約1億4000万円を筆頭に松岡利勝、松下忠洋、林田彪、山崎拓、古賀誠、小里貞利おざと さだとし 各代議士と陣内孝雄じんのうち たかお 参院議員で合計約5億500万円、それに自民党熊本県連など2団体に約5億2000万円となっている。

 入閣直後からもカネの疑惑が続き、税金で一切がまかなわれる事務所に光熱水費や事務所経費を計上していた問題も「適切に処理している」と繰り返すだけで具体的な説明は一切聞かれなっかた そして新たに 緑資源機構関係先からの多額の政治献金を受け取っていたことが明らかになったが 不明朗な関係はないと語るだけで詳しい説明はここでもなかったのです 受け取った額はこの10年間で1億3千万になると言われています。

地元への農業対策費の行方にかかわる疑惑も提示されている。
http://www.nouminren.ne.jp/dat/200208/2002081202.htm


 ウルグアイ・ラウンドで日本は、再三の国会決議も反故にして、「米の輸入自由化」に道を開く合意を受け入れます。そのときに、宗男氏とともに松岡氏が汗を流したのは、その対策費として組まれた六兆百億円の予算の獲得と配分でした。
 「この掴み金の配分の際に、采配を思う存分ふるったのが、この最強のペアである」と「文芸春秋」(2002年5月号)は書いています。

 それによると松岡氏はその金で、生まれ故郷の阿蘇町に「はな阿蘇美」というテーマパークをはじめ、温泉ランドなどをつくったといいます。

 梅木さんがいいます。「ウルグアイ・ラウンドの農業対策費は、土木事業に回ってしまった。温泉施設のいくつかは、赤字で閉鎖しています。ほかの施設もほとんど採算が合わず、町の予算を食いつぶしている」

 「それに……」と、梅木さんは続けます。

 「地元の新聞で書かれていたことですが、松岡氏の選挙区にある一の宮町で、町の事業として農産物の直売所を作ろうとしたときのことです。町長があいさつにこないということで、松岡氏が県や農水省に圧力をかけて予算が宙に浮いてしまったことがあるんです」

 献金の疑惑次々に

 もちろん、地元の選挙区対策だけではありません。「頼まれて口を利き、見返りに政治献金という名の賄賂をもらう」。そんな実態も次々と明らかになっています。
 談合組織からの献金、がその一つ。林野庁所管の任意団体で、「国有林野測量事業協力会」というのがあります。不特定多数の利益実現を目的とする公益法人です。ところがこの会への入会は、林野庁OBの天下りが条件でした。そこが、国有林野の調査・測量業務などの入札で談合を重ねて不当な利益をあげ、公取委の排除勧告をうけます。松岡氏は、この「協力会」などから、96年からの5年間で計942万円の献金を受けていました。この問題を国会でとりあげた日本共産党の緒方靖夫参院議員は、「公益法人が談合組織をつくって不当な利益をあげ、一部を林野行政に強い影響力のある松岡議員に“還流”させていたことは重大だ」と糾弾しています。

 もう一つが、92年ごろから国有林の違法伐採を続けて、行政処分を受けた製材会社「やまりん」からの献金疑惑。松岡氏が200万円の献金を受けたのが、98年の8月4日。彼はその二日後に「林野庁長官を呼び、処分について善処を働きかけたが、拒否された」(日刊スポーツ)といいます。

 やまりんは氷山の一角

 献金疑惑はまだまだあります。
 国土交通省の川辺川ダム(熊本県相良村)関連工事を受注した業者四十二社からも、松岡氏は合計3385万円(日本共産党・小沢和秋衆院議員調べ)の献金を受けています。

 BSEの発生で、大量の在庫を抱えた食肉業者のために、松岡氏は宗男氏とともに農水省に圧力をかけ、買い上げさせたといいます。「二人は、大阪のハンナン、名古屋のフジチクという日本を代表する食肉卸大手と親密なことでも知られる」(「選択」2002年5月号)といえば、疑惑の臭いもしてきます。

 また、「FLASH」2月5日号は「松岡利勝代議士に秘書の退職金&給与ピンはね疑惑」と報じています。

 法政大学の五十嵐仁教授(政治学)はいいます。「鈴木宗男氏とか、宮路和明厚生労働副大臣の入試口利きもそうですが、頼まれて口を利き、見返りに政治献金をもらう。本来、公正でなければならない政治が、公正さが損なわれてゆがめられる。それに口利きの結果の事業は、自治体や国の予算を使ってやるわけで、税金の無駄遣いにもなっているんです。こういう政治のスタイル、構造は古く、もう許されなくなってきている」。

 こんな古臭く、骨の髄までの利権政治家に米政策の抜本見直しなんか任せたんでは、稲作農家ばかりか米を主食とする日本民族の名折れです。

林道談合・ナントカ還元水…


 資金管理団体が光熱水費無料の議員会館に事務所を置きながら、17年までの5年間で約2880万円を計上していたことが判明。野党の追及などに、農相は「法律にのっとり適切に報告している」と詳細な説明を拒み、「水道には『ナントカ還元水』といったようなものを付けている」との答弁もした。

 これに対し、与党の一部からも松岡氏に説明責任を果たすよう求める声が出ていた。

 緑資源機構の官製談合事件では、事件の舞台となった林道整備調査業務の受注業者や林道関連団体などから、林野庁出身の松岡利勝農水相への献金が目立っていた。

 公正取引委員会が独禁法違反容疑で強制調査した3公益法人や民間コンサルタント会社、公益法人の役員を務める林野庁OB4人から、平成8年からの10年間で計約850万円の献金を受けていた。また、受注業者で組織する任意団体「特定森林地域協議会」の政治団体「特森懇話会」など林道関係の9団体からは、この10年間に計約1億3000万円を受けていた。

 東京地検特捜部が新たに捜査を始めた同機構発注の中山間地域事業で、松岡農水相の有力支援者が「談合調整役」だった疑いが強いことが判明している。この支援者は平成18年度に同事業2件(計2億9100万円)を受注する一方、松岡農水相に8年から10年間で計約1600万円を献金している。

そして、

緑資源機構の山崎元理事がマンションの駐車場で転落死!!

アベ首相が松岡農林大臣をかばい続けた理由について勝谷氏は、次のように言っている。


一つは何か大きな「借り」があった可能性。
 もともと安倍さんとは距離があった松岡氏は、ある時から突然安倍さんに近づいた。御用記者が書く記事だけ
を読んでいると、総裁選で勝ち馬に乗ろうとしたように見えるが、そんな単純なものではない。もっと以前の、小泉内閣の時のある時点から突然に、松岡氏は小泉安倍ラインに接近する。そのキーマンは今回遺書の宛て先のひとつになっていた、飯島勲元秘書官である。その時すでに、小泉さんは松岡氏を入閣させようとしたが、さすがに「身体検査」が灰色と出てできなかった。「松岡入閣」は大マスコミが書いているように、安倍総裁誕生の論功行賞ではなく、小泉さんからの「申し送り」の規定路線だったのだ。

(中略)

 安倍さんが松岡氏を切れなかった理由として考えられる二つ目は、「口止め」である。これは上の一つ目の理
由とも絡んでくるのだが、検察が松岡氏の身柄をとることを、極度に恐れていたのではないか。現職閣僚を逮捕するというのは、政権と対決する腕力がいる。検察も躊躇せざるを得まい。しかし、更迭してただの議員になったとたんに、逮捕される可能性はあった。身柄をとられ、松岡氏が「謳う」ことを安倍さんは恐れていたのではないのか。

ある面、ムネオよりひどい。驚いたことに、マスコミでの松岡自殺の扱いは、急速に縮小している。関心がない筈がない。松岡がやってきたことをきちんと解説し、現在の政治家がどう関わっているのかあぶり出すのがマスコミの役目ではないのか。

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