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2008/10/25

日教組批判


 中山成彬前国土交通大臣の日教組批判は唐突で、その後も、次回の国会議員選挙に出ると言ったり出ないといったりの迷走で、この人の言葉の重みも感じられないし、政治信念を貫いたとも思えないので、お世辞ににも立派だったとは思えない。そこまで言うなら、政治家として今後どのように日教組問題と取り組むかを明確に示してそれに向かってまい進する姿勢を示せば良かったのだ。大体、全国共通試験なんかをやりだして、その目的が日教組潰しだったのに、全然予想と違っていたというのでは、オツムの程度を疑われても仕方がないだろう。そんなことより、今の教育の荒廃を生み出した元凶は、文部省のゆとり教育路線ではなかったのか。中山氏自身がその路線を大きく切り替えたのではなかったのか。これからの具体的な自分自身の取り組みの方向性を示しもせず、日教組を罵倒するだけでは、この人、日教組関係で相当いじめられたんだろうな位の感想しかもてない。

 そんな中、佐々淳行氏の10月21日付けの「日教組よ、まず「自己批判」せよ」はドスの効いた迫力がある。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/188578/
佐々氏の公共教育の荒廃を日教組だけに帰結する批判も、中山氏と大して違わず、日教組のような組織がない諸外国、特にアメリカでも起こっている問題なのに、なぜそんな粗雑な議論になるのか理解できないが、多分そんなことは承知の上のことなのだろう。したがって、ここで私も日教組批判を展開するつもりは毛頭ないし、やっても無意味だろうと思う。

 佐々氏の日教組批判の迫力は次の点にある。

第1は、日教組が文部省の道徳教育に暴力で反対した事実である。昭和33年、全国7つのブロック別に校長・教頭を対象にした「道徳教育講習」が実施されたが、当時の小林武委員長率いる日教組は数千人を動員して実力妨害した。全国7番目、九州地区の別府道徳教育講習には、全国を転戦してきた日教組武闘派2000人が大分県職組、大分全学連と組んで、デモや反対集会を展開した。会場旅館での座り込み、校長・教頭の参加実力阻止と、別府に騒擾(そうじょう)状態をもたらした。

 当時大分県警1300人の警備部隊を指揮したのは、筆者である。

 その渦中で、W巡査部長が日教組の闘争本部に監禁される事件が起きた。筆者は部下のU警備部長らを伴い、警察官の即時解放を求めて、制服で交渉に赴いた。すると、闘争本部では、筆者らを武装解除して人質に、と騒ぎ出すしまつだ。筆者は腕時計をみながら「県警の機動隊には、30分たってわれわれが帰らなければ、突入し、全員検挙せよと命じてある。その時は二宮武夫県議(故人・のち社会党代議士)、貴方に私が手錠をかける」と告げた。間もなくW巡査部長は解放された。

第2は、当時警視庁警備課長だった筆者の息子が世田谷区立小学校で日教組闘士の女性教師Sから、警察官の子というだけの理由で、長時間居残り、立たされるという体罰を受けた事件だ。この教師は授業中、「お父さんが警官、自衛官の子は立ちなさい」と命じた。数人がオドオドしながら立つと、クラス全員に「この子たちのお父さんは、ベトナムで戦争し、学生を警棒でなぐっている悪い人たちです」といい、「立っていなさい」と理不尽にも放課後、夕方まで立たせていた。

 帰宅した息子からこれを聞き激怒した筆者はN校長に抗議の電話をかけた。ところが校長は「相手は日教組、争わない方がよい」と応えた。筆者が「公立小学校で親の職業による差別・いじめ教育と、罪のない子供に『立たせる』という体罰について教育委員会に提訴する」と迫ると、校長は当の教師を拙宅によこした。そして彼女は日教組を盾に、「組織をあげて警察の権力的弾圧と闘う」と息巻いた。

 筆者が「私は一個人の父兄として貴方をクビにするまで闘う」というと、女性教師は突然、床に土下座して「クビになると食べていけない。みんな日教組の指示によるもの」と、泣訴哀願したのだ。

佐々氏自身の体験談が述べられている点で、この迫力には敵わない。どの程度脚色してあるのかは知る由もないが、しかし、これは一方的であり、例えば、W巡査部長の解放の経緯については日教組側にも聞いてみたい気がする。二番目のエピソードについてはもっと不可思議で、なぜ授業中に「お父さんが警官、自衛官の子は立ちなさい」と命じたのかもわからないし、「日教組闘士の女性教師」ともあろう者が「日教組の指示によるものと、泣訴哀願した」というのも俄には信じがたい。論争すれば水掛け論になるのだろう。


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2008/10/14

株価持ち直し

http://www.yomiuri.co.jp/
13日のニューヨーク株式市場で、ダウ平均株価は前週末比936.42ドル高の9387.61ドルで取引を終えた。9営業日ぶりの反発で、上昇幅は、ITバブル期の2000年3月16日の499ドルを上回り過去最大を更新した。上昇率は11%。

13日の欧州主要株式市場は、金融機関の資本への公的資金注入や銀行の債務を政府が保証する措置が相次いで発表されたことを受け、金融株を中心に大幅反発した。ロンドン市場のフィナンシャル・タイムズ(FT)平均株価指数の終値は、先週末終値に比べ8.26%上昇し、過去2番目の上げ幅を記録した。フランクフルト市場のドイツ株式指数(DAX)は11.4%値上がりした。

14日の東京株式市場は、前週末の先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)で金融危機打開に向けた国際協調体制が確認されたことなどを好感して急上昇し、日経平均株価の終値は前週末比1171円14銭高の9447円57銭と9000円台を回復した。上昇率は14.15%で、バブル期の1990年10月2日を上回り、史上最大となった。


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サブプライムローンと米金融危機(メモ)

サブプライムローンについては
http://manabow.com/qa/subprimeloan.html
http://manabow.com/qa/subprimeloan2.html
に詳しく解説してある。以下はメモ。

 サブプライムローンとは、信用力の低い個人を対象とした住宅ローンのこと。米国で住宅ブームの2004年ごろから普及拡大した。今日では、米国で住宅ローンを借りる人の約15%が利用していると言われ、残高は米国における住宅ローン全体の1割程度に達しているという。所得の低い人やクレジットカードで返済延滞を繰り返す人などを対象にし、通常の住宅ローンに比べて金利が高く設定し審査基準が甘くなっている。一般に、最初の2年位は金利が低く固定されているが、その後金利が上がり変動金利になっている。そのため、利用者は購入した住宅の価格が値上がりした時点で、その住宅を担保にローンを借り増して対応したり、信用力が高い個人向けの「プライムローン」に借り換えて金利負担を軽減するといった措置を講じてきた。
 ところが、2006年、米国の住宅ブームが去って住宅価格が上昇から下落に転じて、このような担保価値を裏付けとした借り増しや借り換えができなくなった上、FRBが実施した利上げによってローン金利が上昇したことが影響し、ローン返済に行き詰まるケースが続出した。このため、破綻するサブプライムローンが急増した。

 米国の住宅バブルにヘッジファンドが投資を大きく膨らませてきた。2007年6月以降、サブプライムローンを証券化したRMBS(住宅ローン担保証券)などで運用していた世界中のヘッジファンドが、RMBS相場の下落にともなって清算や解約停止などの措置に追い込まれるケースが相次ぎ巨額の損失を被った。2007年7月には米国の格付け会社が、RMBSを大量に「格下げ」した。投資家のあいだでは高リスク商品に対する警戒感が急速に強まり、不安心理が世界の株式市場にも波及していった。米国のダウ平均株価は、7月19日に終値で初めて1万4000ドル台に乗せた後、乱高下を続け、8月16日には終値で12,845.78ドルまで下落。日経平均株価も7月20日の18,157.93円から8月17日の15,273.68円まで、終値ベースで16%近くも下落した。7月末から8月にかけて株安の連鎖は欧州やアジアの市場にも広がり、2月末に起きた上海ショック以来の大規模な世界同時株安となった。

 為替市場では、昨年来、ヘッジファンドなどは低金利の円を借りてドルやユーロなど高金利の通貨を購入し、それを各国の株式や債券などの購入にあてる「円キャリー(円借り)取引」を拡大させてきた。この取引が円安の大きな要因となっていたが、世界同時株安による損失を穴埋めしたりするために、取引の一部解消を迫られることになった。借りていた円の返済用に市場で大量の円が買われることになり、それまでの円安傾向から一転して急激な円高が進み、2007年8月17日には1年2カ月ぶりに1ドル=111円台を記録した。

 この混乱に拍車をかけたのが、欧州の短期金融市場における「流動性不安」の拡大である。2007年8月9日にフランスの最大手銀行BNPパリバが、傘下にもつ3つのファンドの解約凍結を発表した。3つのファンドはいずれもサブプライムローン関連の金融商品で運用していたが、これらの商品は市場で買い手がつかないため現金化できず、投資家からファンドの解約を求められても応じられなくなってしまったからである。欧州の投資家や市場関係者のあいだでは、銀行の経営が悪化が懸念された。銀行間で資金をやり取りするインターバンク市場では、資金の出し手が極端に少なくなり、短期金利が急上昇。金融システムの機能不全も懸念された。事態の沈静化に向け、ECB(欧州中央銀行)は8月9日から4営業日連続で金融市場に資金を緊急注入し、その額は合計で2,100億ユーロ(約35兆円=8月9日の為替レートで換算)にも上った。この資金注入額があまりに大きかったことが、皮肉にも世界中の不安をかえって増幅させることになった。
 
 FRBは8月17日に臨時の米連邦公開市場委員会を開き、公定歩合を0.5%引き下げて年5.75%とすることを決定した。これにより市場はようやく落ち着きを取り戻し、日米ともに株価は反発。円高の進行にもひとまず歯止めがかかった。

アメリカ金融危機
http://www.jiji.com/jc/v?p=financial-crisis&rel=y&g=phl#more
 2008年9月半ばの米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻をきっかけに、金融機関の間の疑心暗鬼から銀行間取引市場が機能不全状態に陥っていた。各国中銀はこれまで潤沢な流動性を供給し続けていたが、世界的な株式市場の急落とあいまって不安はむしろ拡大の一途をたどった。とりわけ欧州では、ドル建て資産の資金繰りのため、金融機関のドル需要が高まっている。市場の緊張が異常に強まった先週、ECBは翌日物のドル資金供給額を500億ドルから1000億ドルまで引き上げていた。

http://www.jiji.com/jc/v?p=financial-crisis_0701#more
 東京株式市場では10日、世界的な景気悪化の加速を恐れた投資家が株を投げ売りし、全面安の展開となった。大和生命保険の経営破綻も混乱を増幅した。日経平均株価の下げ幅は一時、2000年4月以来となる前日比1042円まで拡大。終値は同881円06銭安の8276円43銭と2003年5月以来の安値に沈み、下げ率は9.6%と戦後の東証再開以来3番目の急落だった。日経平均は10日までの7営業日で3091円強値下がりした。

http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20081013-OYT1T00438.htm?from=top
13日のニューヨーク株式市場は、前週末の先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)やユーロ圏15か国の緊急首脳会議で打ち出された金融安定化策が好感され、ダウ平均株価(30種)は、前週末比936.42ドル高の9387.61ドルで取引を終えた。

〜続く

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2008/10/13

なぜ米は北朝鮮テロ指定解除したのか


ブッシュ大統領から首相への直接の指定解除通告は、米国務省の正式発表の30分前だったという。来月4日に次期大統領が決まると北朝鮮が様子見に入る可能性が高く、ブッシュ政権はそれまでに「核プロセス」を前進させたかったとの見方が専らだ、という。消息筋は「日本は説明を受けても明確に拒否せず、米側は条件付き容認と受け取った」と、「行き違い」の可能性を指摘する。しかし、なぜこれほど急いで前進させたいのだろうか。

6か国協議の韓国首席代表金塾(キムスク)外交通商省平和交渉本部長は12日、「6か国協議が正常な軌道に復帰し、究極的に核放棄につながる契機になると評価する」と歓迎する声明を発表した。

オバマ氏は北朝鮮テロ指定解除を「北朝鮮が核検証手続きを履行しない場合は即座に報いを受けるという明確な理解がある限り、適切な対応だ」と評価。これは北朝鮮を知らない外交音痴の現れか。マケイン氏は拉致問題の進展を北朝鮮によるテロ活動支援(の有無)を判断する上で直接、関係する事項であるとし、指定解除に欠かせない「要件」の一つと位置づけ、指定解除に強い懸念を表明した。マケインの読みの方が正しいと思える。

ひょっとすると、既に金が死亡している情報を握っており、次の体制に移行するのが間近で、予想される混乱を最小限にすることを望む次期体制の実力者と裏取引したのではないのだろうか。


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邦画1題 秘密

秘密
1999年日本、監督: 滝田洋二郎、広末涼子(藻奈美)、小林薫(杉田平介)、岸本加世子(直子)、石田ゆり子(高校教師)

Himitsu

あらすじ:
 運転手の居眠りでスキーバスが谷底へ転落し、杉田平介の妻・直子と高校生の娘・藻奈美は病院に運ばれた。直子は息を引き取るが、意識が戻った藻奈美の体には直子の人格が移ってしまっていた。戸惑いながらも、世間的には父と娘として暮らすことになる平介と直子。だが、17歳の体になった直子はいきいきと若さを満喫する一方、平介は疎外感を感じるばかりか、医大に入学した直子の周りに恋の噂もあって気が気じゃない。そんなふたりの気持ちは、次第にすれ違うようになっていく。しかし、お互いの愛を確かめようにも平介は娘の体をした直子を抱くことは出来ないのだ。ある日、平介は事故を起こしたバスの運転手・梶川の息子文也から、父親が家族の生活の為に過剰労働して事故を起こしてしまったことを聞かされる。家族の幸せが自分の幸せだと語っていた梶川の言葉に、平介は直子が藻奈美として生きていくことが彼女の幸せなのではないかと思うようになる。その一方で、直子は重大な決心をする。そんな中、藻奈美の人格が現れ出したのである。娘が戻ってきたと喜ぶ平介だが、同時にそれは直子の人格が消えることを意味していた。そして、平介と直子は、初めてデートした岬の公園で永遠の別れをする。
 それから数カ月後。花嫁の父である平介は、藻奈美を文也に嫁がせようとしていた。ところが、彼は自分の喉元を触って髭の剃り残しを確かめる直子の癖から、実は藻奈美の人格は直子のままであったことに気づいてしまう。だが、平介は彼女を娘として送り出してやるのだった。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD31621/story.html

 ストーリーは特に意表をつくものでもないが、なかなかうまく作ってあると思った。それぞれのシーンも美しい。最後の藻奈美の人格は直子のままだったというどんでん返しは見事。いくつか難点、藻奈美は人格入れ替わりについてのこだわりで医学部に入学したはずなのに、その後休学でもしているのか、見落としたのかよく分からない。医大入学して社会的な視野も環境も広がった筈なのに、なんで結婚相手がバスの運転手梶川の息子なのか。まったく別の視点をもつ藻奈美の相手を新しく登場させれば、ストーリーがもっと面白くなったのにと思う。広末が早稲田を中退したのと同様、尻切れトンボである。広末はなかなか名演だと思うが、若い女性で嫌う人も多いようだ。スキャンダルが多く、結局浮かび上がって来れない。もったいない。リメイクや模倣を指摘される作品もある。85点。

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2008/10/12

BART

サンフランシスコ国際空港の日本語版のホームページがあることに気がついた。
http://www.sf-japan.or.jp/
空港から市内への交通機関が紹介されている。


Bartlogo

 空港はダウンタウンから少し離れているので、以前来たときには乗り合いでタクシーを使った。運転手はロシア人で、物理学をやっているが仕事がないのでタクシー運転手で稼いでいると言っていた。数十ドルだったと思う。なので、3年前サンフランシスコ空港乗り継ぎでフロリダに行った時には、空港近くのホテルに泊って、ホテルのシャトルバスで行き来した。ホテル代も随分安くつく。ダウンタウンでは安くても$120以下は期待できない。

 今年7月にサンフランシスコに行った時は、BARTなるものがあると聞いたので使ってみることにした。BART、Bay Area Rapid Transit で36分 $5.35。確かに安い。自動販売機で切符を買おうとするが、勝手が分からない。隣の機械で買おうとしているおばさんに「これどうやるんだい?」と聞いたが「私も分かんないのよお」と言われてしまった。他にも使えると書いてあるらしいお得切符らしいものを$20くらいで買って改札を通ろうとしたら、ピーと鳴って入れない。案内所みたいなところにおじさんが居たので文句言ったら、何か切符を機械に通して入れるようにしてくれた。

BARTは1972年9月にサンフランシスコ湾にかかるサンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジの渋滞解消とベイエリア地区を東西に結ぶするために開通したのだという。サンフランシスコ国際空港へ乗り入れたのは2003年6月22日だそうで、どおりで、以前無かった筈だ。車体の外見はスマートでいいのだが、シートは穴が空いていたりで、あまりきれいではなかった。10年位前にワシントンの地下鉄に乗った時には非常にきれいだったが、10年も経つとやはりボロくなっているのだろうか。

 帰りもBARTを使うつもりだったが、全く期待外れだった。というのは、ダウンタンのEmbarcaderoからの最初の電車は平日は6時31分なのだが、日曜はなんと8時39分発なのだ。国際線に間に合わなくなる可能性がある。こういう無茶な運行をやるのはさすがにアメリカだ。仕方がないので、ルイジアナのアメリカ人の友人と一緒にハイヤーで空港に行くことにしたが、黒塗りリンカーンで$40、チップも入れて$50位だった。割勘にしようと言ったが友人は受け取らなかった。

 空港のファーストフッドで朝飯を食べて早々とチェックインした。中で土産を買うつもりだった。以前、土産品小物のほとんど全ては中南米や東南アジアからの輸入品なのは知っていたが、今回驚いたのは、中国製品以外のものを探すのが難しかったことだ。コロラドの友人が「アメリカ人は物を作らなくなってしまった」と嘆いていた。

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2008/10/09

洋画1題 シビラの悪戯

27 MISSING KISSES シビラの悪戯
2000年/ドイツ・グルジア/監督:ナナ・ジョルジャーゼ、出演:ニノ・クヒアニチェ(シビラ)

27missingkisses

夏休みをグルジアの避暑地の村にあるおばさんの家で過ごすことなった、14歳の自由奔放なシビラは41歳の星を見ることを生甲斐にしている男やもめアレクサンドルに恋をした。アレクサンドルの14歳の息子ミッキーは、シビラに一目惚れしてしまう。気まぐれなシビラはアレクサンドルに猛烈アタックを仕掛けながらも、ミッキーに100回キスをしようと約束する。村の住民は陽気でパーティー好きで、「エマニエル夫人」の上映会に押し掛ける。シビラはとても14歳には思えないハスキーな低い大人の声で、撮影時は実際は16歳だったという。登場人物はシビラを始めどこか常軌を逸している。砲撃訓練を日課とする「イカレタ」中尉、中尉の妻で、男に目がないバレエダンサー、自分の足を撃ったり、巨○にベアリングをはめてしまう工員、トレーラーに船を積んで、海を求めてさまようフランス人船長等々。最後には彼女がアレクサンドルに仕掛けた誘惑をミッキーが誤解して、父を射殺してしまう。ナナ・ジョルジャーゼ監督はグルジア出身の女性。美しい風景を生かしたシーンはプロの味がするが、食事やパーティーで飲み食いするシーンの連続、空疎な会話、濡れ場シーンをつないだだけでストーリーはまるで面白みがなく、おとぎ話といえばそれまでだが一昔前の作りで「エマニエル夫人」が登場するので古い作品かと思ったらさにあらず、2000年製作と知って驚いた。たけしの映画を彷彿とさせる。30点。


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2008/10/08

洋画1題 PATHS OF GLORY 突撃

PATHS OF GLORY 突撃

1957年アメリカ、監督:スタンリー・キューブリック、モノクロ/88分、出演:カーク・ダグラス(ダックス大佐)、ジョージ・マクレディ(ミロー将軍)、ラルフ・ミーカー、アドルフ・マンジュー、ほか

Pathsofglory

フランス軍はドイツ軍侵攻からマルヌ川を死守するため、イギリス海峡からスイスに到る800kmに渡って塹壕を築いていた。1916年アリ・ト・ヒル(アリ塚)にドイツ軍が立て篭もり、難攻不落を誇っていた。フランス軍は縦横に廻らしてはいた塹壕から攻めきれずにいた。ミロー将軍(ジョージ・マクレリー)はダックス大佐(カーク・ダグラス)の部隊に出撃を命じた。しかし、その作戦は、5%が味方の砲撃で死に、30%が鉄条網に辿り着くまでに死に、65%が残り、そして、40%で丸一日アリ塚を死守するという無謀なものだった。弾丸が雨あられと飛んでくる中、第二の中隊が、塹壕から出られなくなってしまう。それを見ていたミロー将軍は、味方の第二中隊のいる所に砲撃しろと命令するが、砲撃手は味方を撃つことはできない、将軍の書面がないと応じない。結局、作戦は失敗に終わる。ミロー将軍は、10中隊から各10名を敵前逃亡で死刑ににすると言い出す。第一大隊の3中隊から1名づつ選び敵前逃亡の罪で軍法会議が開かれた。
ダックス大佐は「壕から出るのが不可能だった」と抗議し、「証拠も採用されず、証人もいない。告訴状もない。記録係もいない。この法廷こそ、国の汚点だ」と強く主張するが、裁判は終了する。ダックス大佐は、軍司令部に抗議するが、3人が処刑されてしまう。
 自己保身に汲々とする上官、無能な上官であっても、命令が「死ね」ということであっても、絶対服従しなければならないという軍隊の理不尽さがテーマ。

Kdouglas

スタンリー・キューブリックは「2001年宇宙の旅」や「時計じかけのオレンジ」などで知られている名匠。カーク・ダグラスはユダヤ系ロシア移民の子、代表作は「チャンピオン(1949)」「海底二万哩(マイル)(1954)」「OK牧場の決斗(1957)」「スパルタカス(1960)」など。「カッコーの巣の上で」の制作にも関わる。80点。

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2008/10/07

洋画1題 GUILTY BY SUSPCION 真実の瞬間(とき)

GUILTY BY SUSPCION 真実の瞬間(とき)

1991年アメリカ、監督:アーウィン・ウィンクラー、出演:ロバート・デ・ニーロ(売れっ子監督デイヴィッド・メリル)、アネット・ベニング(ルーヌ、デイヴィッドの元妻)、ルーク・エドワーズ(息子ポーリー)ほか

Guilty

1951年、映画監督デイヴィッド・メリル(ロバート・デ・ニーロ)はフランスから帰国した。彼は仕事人間でルース(アネット・ベニング)と離婚していたが、息子のポーリー(ルーク・エドワーズ)を交えて親しい付き合いをしていた。帰国パーティで、女優のドロシー・ノーラン(パトリシア・ウェティッグ)が夫のシナリオ・ライターのラリー(クリス・クーパー)が共産主義者を取り締まる非活動委員会に友人を売ったとなじった。ドロシーは精神的に不安定でアルコール中毒気味であった。

ボスのザナックの指示で顧問弁護士を通し委員会の人物から内密の審問を受け、コミュニストの疑のある者の名前を挙げろと迫られた。それを拒絶したことで、デビッドは要注意人物とされ、FBIの監視下に置かれ、友人が去り仕事も奪われ絶望の縁に立たされる。ドロシーはFBIの力により息子の保護権を奪われ、友人の監督ジョー・レッサー(マーティン・スコセッシ)は逮捕を予期してロンドンへ発った。デイヴィッドは仕事を奪われ、撮影所に出入り禁止、B級映画の仕事すら1日で解雇、求職のため大嫌いなニューヨークへ行くが、そこでもFBIは妨害し、昔の恋人でさえ彼を避けた。そんな時、力になったのはルースだけだった。彼は再び3人で暮らし始めた。ある日、友人のバニー(ジョージ・ウェンド)は委員会の呼び出しを受け、デイヴィッドの名前を売らせてくれと頼みにきた。やがて、デイヴィッド自身も審問会に喚問される日が来た。そこで彼は、友人の名前を売ることを敢然と拒否した。バニーも拒否した。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD4252/story.html

 1950年第のマッカーシズムが荒れ狂うアメリカがよく描かれている。日本でもGHQによってレッドパージが行われた時代である。委員会でのデイヴィッドと国粋主義者の委員との対決シーンが素晴らしい。アーウィン・ウィンクラーはロッキーやいちご白書の制作にもあたっている。85点

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2008/10/06

洋画1題 WHAT'S EATING GILBERT GRAPE ギルバート・グレイプ

WHAT'S EATING GILBERT GRAPE ギルバート・グレイプ

Gilbert

1993年アメリカ、監督:ラッセ・ハルストレム、出演:ジョニー・デップ(ギルバート・グレイプ)、レオナルド・ディカプリオ(弟アーニー)、ジュリエット・ルイス(ベッキー)ほか

スウェーデン人監督、ラッセ・ハルストレムがハリウッド進出第1作として発表した。アイオワの冴えない田舎町エンドウーラ。ギルバートは小さな食料品店の店員。18歳の弟アーニーは知的障害をもち、給水塔に昇っては騒ぎを引き起こす。17年前に父は自殺、母はそのショックで引きこもり、部屋の中の移動もままならない鯨のような肥満になっている。失業している姉、思いやりのない妹の5人家族。ギルバートは弟アーニーの世話と家族を養うために仕事を続けざるをえない。

 冒頭、ギルバートがエンドウーラを紹介するシーンで「音楽のないダンスのような町」と比喩した。どこまでも続くトウモロコシ畑のシーンもあった。アメリカに居た時に、アイオワ出身の女性が自分の故郷について「何にもない町。町で一番高い建物は、駅の給水塔だった」と言っていた。アーニーが上りたがる高い給水塔はアメリカでよくみる風景だが、そこに上るということに別世界のシンボリックな意味が込められているのだろう。アメリカでは、州境だけでなく町境にもよくWelcomeの看板が立っている。ギルバートがアーニーの我が侭についに切れて殴ってしまい、衝動的に家を飛び出し、町はずれの看板まで来てそのまま行くかためらい、結局また町に戻っていくシーンがあった。看板は見えない鳥カゴの象徴だった。インターステートに乗らないことも、そこからも離れた田舎町という雰囲気が感じ取れる。このあと、ギルバートはベッキーと一夜を過ごすのである。その時々の全てのシーンに何らかの伏線的な意味が込められているようだ。

Lewis

 自閉症の兄をダスティン・ホフマンが演じた「レインマン」(1988)や精神病院を扱ったジャック・ニコルソン主演の「カッコーの巣の上で」(1975)などがあるが、知的障害のアーニーを演じきったレオナルド・ディカプリオはそれを超える素晴らしい演技である。映画評にはアーニーを愛らしい、天真爛漫と評しているものを見かけるが、当事者はとてもそんな状況ではないのはギルバートの家出シーンを見ればわかる。
 原題のWhat's eating Gibert Grapeが家族の会話の中でアーニーがしょっちゅうギルバートにふざけて話しかけていた。意味がいくつかのblogで話題になっていたが「どうかしたのかい、ギルバート」という意味だろうが、「ギルバートの憂鬱」のようにも訳せるかも知れない。eat とgrapeと掛けたのかなと思った。
 次の映画紹介がお薦め。
http://jolly-journal.hp.infoseek.co.jp/gilbert_grape.htm

 監督はそれぞれの大物役者の実力を十分に引き出し、素晴らしい作品に仕上げている。ジュリエット・ルイスはCAPE FEAR(1991)に子役で出ていた。難を言えば、全てのエピソードがシンボリックであることが鼻に付く。95点

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