2007/08/21

目くそ鼻くそ

カンニング竹山というお笑い芸人がいる。誰とかまわず(時には自虐的に)キレまくるという芸で売れた。素顔はテレビで見せるキレキャラとは裏腹に温厚であり、非常に真面目で、ファンへの受け答えもしっかり行っているという。相方が入院している間、ギャラを2人で分け合っていたが、死去。結局、良いひとキャラで売っているということだ。そんな彼がWebダ・ビンチ http://web-davinci.jp/ に「現代日本への警鐘 」と題してエッセイを書いており、出版もされたようだ。その一編に次のようなものがあった。


2007年8月9日
現代日本への警鐘 その89

 世の中には残念な事ではあるがどうしようもないボンクラがいる。このボンクラというのは学がないとか常識がないとか頭がバカとかそんな類ではなく、まさしくボンクラとしか言いようのない奴等で俺から言わせると救いようもない、救う価値もない人間、まさしくボンクラなのである。
 そのボンクラが先日現れてしまった。東京で10代のガキ共が、公園で寝泊りしているいわゆるホームレスの人達に火をつけて殺そうとしたらしい。新聞によると、この少年のガキ共は「ホームレスは社会のごみ、綺麗にするために焼いて処分するしかない」というような事を捕まってからも警察でほざいたようだが、やっぱボンクラだから全然大事な事に気が付いていない。だから俺がこの場を借りて言ってやる。

社会のごみはお前等だ! お前等こそが世の中から掃除されてしまえ! バカタレが!

続いて、少年たちに向って諭す様な文章が綴ってある。文章はお世辞にもうまいとは言えないが、良いひとキャラを感じさせる内容である。ところが、TBSの生ダメというラジオ番組で以下のようなことを独白したらしい。


「もう時効やから言いますけど、…
…早見優さんがまだサンミュージックで、早見優さんへの贈り物がいっぱい届くわけ。
ファンとかからの。それをねえ、まあ、結構とは言わないけど、ちょいちょい盗みましたよ。(笑)
書いてあるわけよ、宅急便とかに。「花瓶」とかさ、「目覚まし時計」とか、あと何が多かったかなあ、
なんか、ジャージみたいなのがさ。ファンから贈ってくるそういうのが、アイドルはいっぱいあったからさ、
結構盗んでたよ。(笑)
当時一番ボスの、森田健作さんね。森田健作さんの、竹刀っていうのが贈られてきたわけ。
ある総理の名前がさ、…橋本竜太郎ですよ。あの人が剣道の達人で。で、森田健作は国会議員で、
竹刀を持つところあるじゃん。持つところにマジックで、「橋本竜太郎」って
本人が多分書いたやつ。それを、第一期のサンミュージックのときに、見つけたわけ。
それで面白そうだから、夜、飲み屋で自慢しようと思って、パクって帰ったわけ。(笑)
でもパクって帰って酔っ払ったらさ、竹刀持ち歩くってものすごい邪魔なのよ。…公園の池に捨てた。(爆笑)
関係ねえよもう。(笑)
ラジオで言ってもしょうがないんやけど、未だに、俺の、サンミュージック内緒事件ですよ。(笑)
言っちゃいけない、っていうね。(笑)
こないだ森田健作さんのラジオ行ったけど、さすがにそのこと言わなかった。(笑)」

なんだこれは。目くそ鼻くそではないか。清廉潔白を求めるわけではないが、こんなことを面白おかしく人前で喋る人間性が理解できない。日本のモラル崩壊の現実がここにもある。

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2007/05/26

そこに私はいません

ある懇親会でカラオケに行った。そこで「千の風になって」を歌った人がいた。昨年の紅白歌合戦でテノール歌手・秋川雅史が歌ったのだそうだ。私がこの歌を初めて知ったのは、清水みちこがものまねで歌っているのを見た時だ。出だしの歌詞を聴いた途端に引いてしまった。

私のお墓の前で 泣かないで下さい
そこに私はいません  眠ってなんかいません
千の風に  千の風になって
あの大きな空を  吹き渡っています

ただでさえ墓なんて単なるシンボルだと思っているのに、こんな事を言われたらお参りに行く気が全く失せてしまう。しかし、カラオケで歌われるほど、広く知られ感動する人も多いらしい。

最近、かみさんの友人がスキルスで亡くなった。亡くなる前にいろいろあったのだが、辞世の歌というか手紙を残して逝かれた。「四季おりおり花に姿を変えて皆様の近くに参ります」のだそうだ。こんなに未練いっぱいにこの世を旅立たれたら、さすがに残されたものは困るだろう。迷わず成仏、という言葉に従って、潔く一生を終えたいものだとつくづく思う。

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2007/04/24

Tシャツ

こういう英語を書かないように。二重にアホまる出し。

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こういうTシャツを着ないように。

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この子はまともかも。

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こういう人とは友達にならない方がいいのでは。
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2007/03/05

東京都知事選の浅野批判

前宮城県知事の東京都知事選出馬問題について、マスコミが騒がしい。石原都知事に対する批判が高まっているのに比例して、有力対抗馬としての浅野氏への期待が高まっているということなのだが、それに比例して浅野批判も出てくる。次の記事を見ると、共産党の体質がもろに見えて、(だから共産党って好きになれないんだよな・・・)とつぶやいてしまう。最初から、浅野氏を批判するための材料集めをするからこういう事になるのだ。明らかに選挙妨害ではないか。


http://www.nikkansports.com/general/f-gn-tp0-20070302-164275.html
誤データで浅野氏批判と共産党謝罪

 共産党は2日、志位和夫委員長が1日の記者会見で、東京都知事選に出馬の意向を示している浅野史郎前宮城県知事が在任中に宮城県の福祉指標が低下したと批判した際、根拠として引用したデータに誤りがあったと訂正、謝罪した。

 志位氏は1日の記者会見で、宮城県の福祉指標について「(浅野氏の在任中に)社会福祉費は全国で28位から43位に、児童福祉費は22位から41位に落ちた」などと指摘。「冷酷に福祉を切り捨てた」と批判していた。

 しかし会見後、項目を積み上げる際に計算ミスがあったことが判明。浅野氏の在任中は、社会福祉費は43位、児童福祉費は41位で、いずれも横ばいのままが正しかったという。

 共産党の植木俊雄広報部長は「まったくのミスで、ご迷惑をお掛けした」などとコメントした。

[2007年3月2日22時42分]

笑ってしまうのは、有田氏の「酔醒漫録」だ。


http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/

「福祉のエキスパート」だと自認し、マスコミもそう報じるのだけれど、はたしてそうか。これは共産党の志位委員長が語ったことだが、「『福祉日本一の県をつくる』と言いながら、社会福祉費は全国28位から43位に、児童福祉費は22位から41位に落ちた」(「スポーツ報知」2日付)。巨大開発で3000億円も金をかけてあまり利用されない港を作ったことも問題だ。就任時の県債は6000億円。ところが知事をやめるときには1兆4000億円に膨れ上がっている。借金は増えたのだ。財政難だと職員の給与をカットしたが、浅野さんは退職金1期で約5000万円を3期分手にしている。さらには辞職後に社会福祉協議会会長に納まり、非常勤にも関わらず月に約103万円の報酬を求めたことにも驚いた。

投稿日 2007/03/04

「共産党の志位委員長が語ったことだが」と断ってはいるが、それが免罪符になるとも思えない。第一、ジャーナリストの肩書きが泣くだろう。第二に、共産党が謝罪した記事は3月2日22時42分には出ているのに、3月4日にまだ誤った記事に基づいたブログ記事を書くとはどういうことだろう。この人は、自分への批判に対して反論できる場合には間髪を入れずに猛烈な反論を始めるのだが、どうでもいいことにして知らぬ顔の半兵衛を決め込むことがしばしばある。無視できない場合は、まるで拗ねたように大した問題ではないというような決めつけを書いたりする。そういう所に打たれ弱さを感じる。このブログ記事についても、いくつか誤りについての指摘のコメントが掲載されており、検閲したものしか掲載していないので恐らくは批判コメントが多数寄せられていることは十分承知しておられるのだろう。そう思っていたら、案の定今朝のブログに次の言い訳を書いておられる。


http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/
3月4日(日)昨日の日記の訂正をしたい。それは共産党の志位和夫委員長の発言を引用したところだ。浅野史郎さんが宮城県知事をしていたとき、福祉が後退したとの発言だった。正しくは横ばいだ。共産党はこうしたデータ発言についてこれまで間違うことはなかった。そこに信頼性もあった。志位発言の根拠は政策委員会の担当者による調査のはずだ。委員長の記者会見や演説については分野ごとの担当者がデータを収集、分析して提出する。こうした基本で誤るとは情けない(「赤旗」は報じず)。それでも「そうなんだ」と思ったのは、浅野さんがライフワークだという福祉で前進などしていないじゃないかという事実だ。「反石原」への期待から幻想を抱くべきではないだろう。

投稿日 2007/03/05

おかしな人だ。「共産党はこれまで間違うことはなかった」? 「それでも「そうなんだ」と思った」とはどういうことだろう。そう思わせた浅野氏が悪いとしか読めない。まず、謝罪すべきだろう。「社会福祉費は全国28位から43位に、児童福祉費は22位から41位に落ちた」のと、「横ばい」とは、その意味するところは全然違うだろう。それに、3月2日に訂正されたにもかかわらず、3月4日にまだ間違った記事に基づいたブログを書いた事をどう釈明するのだろうか。ジャーナリストとしての根本的な姿勢に関わる問題だろうに。

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2007/02/18

小林秀雄と志ん生

  小林秀雄の著作はまじめに読んだことがない。いつかきちんと読んでみようと思っているのだか、なかなかその気にならない。昔読んだ時に、何を言いたいのか掴めない所だらけだし、読者に理解して貰おうという気がないのではないか、なぜあんな訳の分からない言い回しをしなければならないのか、さっぱり理解できなかったからである。実際、旧制帝大の国語の試験問題としてよく出題されたことがあり、予備校の解答が違っていたり、悪文で入試問題には不適だと酷評されたりした。入試のプロが言うのだから間違いないだろうと思う。

 最近、古い友人が小林秀雄の講演を紹介してくれた。彼は、小林秀雄の講演会に数時間かかるのを厭わないで駆けつけるほどの、ある意味の小林信者である。講演を最初に聞いた時に瞬間的に思ったのは、なんて古今亭志ん生に似ているのだろう、ということだ。話し方、聴衆の掴み方や話の流れがそうなのである。そして、紹介してくれた友人も志ん生のファンで、テープの全集を持っているという。

 ところが、同じような感想を、茂木健一郎が「脳と仮想」に小林秀雄の講演の「語り口が志ん生だった」と書いているのに気がついた。彼は、この著書で何と小林秀雄賞を受賞しているのだ。これを読んで、茂木は決して脳科学者ではなく哲学のジャンルに属す人間であるのがさらによく分かった。以前こき下ろした通りである。薄っぺらな評論で脳科学を語るのも恥ずかしいのに、小林を「私にとって最も近しい人になった。『同志』と勝手に思い込むような存在になった」とまで書いている。誰か言ってやればいいのに、格が違うと。さらに、面白いことにこの本の
中で彼は養老孟司についてもかなりのページを割いている。似た者同志である。

 さて、講演を紹介してくれた友人は、最近、さらにTBSの「小沢昭一的こころ」http://www.tbs.co.jp/954/ozawa/index-j.html を教えてくれた。同じページに古今亭志ん生のCDのバナーがあり、本当は、彼はそれを教えるのが目的だったのかもしれない。15,960円なので、躊躇している。

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2007/02/15

ここにも偽者がいる

養老孟司が「仕事とのつきあい方」と題して、エッセイを書いている。冒頭の部分は次のとおりである。


 経済統計によれば、景気がいいそうである。私はよくタクシーに乗るので、運転手さんに景気はどうか、何度か尋ねてみた。「いいという話ですが、私らには関係ありません」。尋ねた全員がそういう返事だった。
 そりゃそうで、客商売の人が、景気が良くて笑いが止まりません、なんていうはずがない。どんな不景気な客が来るか、わかったものではない。その客にそんなことをいったら、ブチ殺されるかもしれない。だから右の質問は、最初から尋ねる意味がないのである。

 これおかしな論理展開である。タクシー運転手への問いは、世の中景気がいいというが、タクシーの運転手は景気がいいのだろうか悪いのだろうか、というのが最初の疑問であろう。この疑問に対する答えは、「タクシーの運転手は景気が良いとは言わないから、景気が悪いのかもしれない。だとすれば、景気の良いのは一部の話なのではないか」あるいは、「タクシーの運転手は本音は言わないのかもしれない。だから景気が良いのか悪いのかは分からない」ということであろう。なのに、本来の自分の問い掛けの動機である「タクシー運転手の景気が実際は良いのか悪いのか」についての疑問は消え去り、話をあらぬ方向に進めていく。「景気が良くて笑いが止まりません」なんて誰も言いそうもない極端な回答例を持ち出して、「タクシーの運転手は正直に答える筈がない、だから質問する意味がない」という断定しているのである。タクシーの運転手に限らず「景気が良くて笑いが止まりません」なんて、よほどのバカか調子者でなければ言う筈がないではないか。こういう極端な例を出して持論を展開して行くのは政治家がよくやる手法である。そうではないだろう。最初の質問に対する答えは、普通に受け止めれば「いやー、世の中景気が良いと言うけれど、私らは景気はよくないですね。タクシー業界競争が激しいですから」であろうし、実際、私自身がよく聞く答えである。小泉の制度改悪によるタクシー運転手の労働条件の劣悪さはワーキングプアの一例としてよく取り上げられ、社会問題化している。尋ねる意味がないと言っていることから、この人にとってはタクシーの景気などどうでもいいことでああり、基本的に社会常識が欠如しているようだ。そして、たった数行の文を読んだだけで、この人がいかに読者をなめているかがよく分かる。さらに、こう続く。


 景気がいいとか、悪いとか、そういうことは、私自身にはほとんど無関係である。私は景気で生きてこなかったからである。じゃあなんで生きてきたかというなら、やりたい仕事で生きてきた。仕事をすれば儲かるかというと、私が本当にやりたいのは虫捕りである。これはほぼ絶対に儲からない。世間のお役には立たないからである。だから虫捕りはまず仕事にはならない。
 じゃあどうするか。世間に必要なことを同時にするしかない。世間が必要とする仕事をすれば、それなりにお金を払ってもらえる。ただし仕事が二重になる。そんなことをすると、どっちも成り立たないのじゃないか。かならずしもそうではない。

 それじゃあ、一体、冒頭の文はなんのために書いているのだろう。枕になってないではないか。それに、この2つ目の文の論理はめちゃくちゃである。「仕事をすれば儲かるかというと」が、前の文とつながらない。「やりたい仕事で生きる」ことと「儲かる」ということとは別のことなのに、話が混同している。物書きとしての自分が世間に必要なこと(をやっている)と言うのも随分な自信である。この人は本当に物書きなのだろうか。

 このエッセイについては、続きを書こうと思う。

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2006/10/08

ブログ再開

子供の調子が悪くなり、とうとう入院という事態になってしまった。現在入院中。ほぼ1ヶ月になる。
やっと何とか安定したので、ブログ書き込みを再開することにした。

振り返ってみると、6月に休止してから、世の中も個人的にも大きな事件が起こった。

アベさん、今日は中国に行って胡錦涛と会談したとのこと。やっとコイズミがいなくなったと思ったら、今度はアベさんかい。この人について、いろいろ書く事も多いが、ゆっくり書かせて頂こう。
最近の事件の中で心に澱のように沈殿してしまったのは、北海道の小六の女子生徒の自殺の問題だ。遺書が公開されている。

◇遺書の内容
学校のみんなへ
 この手紙を読んでいるということは私が死んだと言うことでしょう
 私は、この学校や生とのことがとてもいやになりました。それは、3年生のころからです。なぜか私の周りにだけ人がいないんです。5年生になって人から「キモイ」と言われてとてもつらくなりました。
 6年生になって私がチクリだったのか差べつされるようになりました。それがだんだんエスカレートしました。一時はおさまったのですが、周りの人が私をさけているような冷たいような気がしました。何度か自殺も考えました。
 でもこわくてできませんでした。
 でも今私はけっしんしました。(後略)
6年生のみんなへ
 みんなは私のことがきらいでしたか? きもちわるかったですか? 私は、みんなに冷たくされているような気がしました。それは、とても悲しくて苦しくて、たえられませんでした。なので私は自殺を考えました。(後略)
※一部抜粋、仮名遣いなどは原文のまま

 □岩脇寛子さんの遺書
 ねぇ、この気持ちわかる? 組中からさけられてさ、悪口いわれてさ、あなただったら生きていける? 私、もう、その自信ない。
 せっかく育ててくれたお母さん、お父さんには悪いけどさ。●、ありがと。お母さん、お父さん、ありがとう。本当にありがとう。
 でもみんなは、たかが「いじめくらいで…」ていう人もいるけど、私のはそんなにあまくない。
 ありがとう。私にやさしくしてくれたみんな。ここまで育ててくれたお母さん、お父さん。私は、この世が大きらい、だったよ。
 私はあなたたちをゆるさない。●さん(注・6人分)、もう、だれも、いじめないで…。
【注】●は人名

遺族の男性は「『いじめを認めない』とのマニュアルでもあるのではないか。10月12日には遺書の内容を教えているのに、6月まで知らないというのはおかしい」と訴えている。しかし、滝川市教委の安西輝恭教育長はいじめと認めなかった。だれがどう見てもこれはいじめだろう。いじめと認めれば自分たちの責任になるから認めないのは見え見えだ。「6年生のみんなへ  みんなは私のことがきらいでしたか? きもちわるかったですか?」 この悲痛な言葉は本当に胸が痛くなった。家庭の事情もあるようで、追いつめられてしまうのはいつもこういう弱い立場の子だ。かわいそうなことをするものだ。教育委員会の対応はまさしくそういう土壌を反映しているのだろう。

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2005/08/06

駆け足1週間

7月30日土曜:土砂降りの中を空港へ。大阪で2日間の理事会。夜、次男と待ちあわせて新大阪駅の飲み屋街で食事。高い割には量が少なかった。車を買ってくれとのこと。その後理事会の飲み会へ合流。
7月31日日曜:昼まで会議。食事して新大阪へ。バスで関空へ行くつもりが、目を覚ましたらモノレールはあるし、海を越えなかったし、なんか伊丹に似ているなあと思いつつ航空券を受け取って2階に上がると、実際伊丹空港だった。非常に混んでいて、キャンセル待ちで取れる可能性がなさそうなんで、また新大阪に引き返して、新幹線を乗り継いで帰ることにした。博多から熊本までは立たされたが、それ以外は座って論文のチェック。金もかかったが時間がかかり、駅から空港まで車を取りに行ったので自宅に帰り着いたのは夜10時半。予定では到着は夕方6時だった。
8月1日月曜:夕方5時から委員会。ところが4時からという。10分程度というのは大うそ。1時間半も拘束される。S先生、話が長すぎる。
8月2日火曜:11時にK先生pHメータ借りに来室。夕方6時半から某施設関係者の「暑気払い」。参加者80人位か。乾杯の音頭をやれという。いろいろ考えていったが、テキトーにやる。
8月3日水曜:午後●●会議。意外に約1時間で終了。
8月4日木曜:11時から委員会。これはいつものことながら20分で終了。しかし、キャンパス間の移動、待ち時間で1時間かかっているのだ。S講座のI君に来てもらい、審査用論文の説明をしてもらう。ひどい論文だ。
8月5日金曜:10時からオープンキャンパス。入試関係の説明をせよ、とのことで10分程度pptを使って説明。参加者35人、女の子が多い。
実は夜中、眠りについてから突然、悪寒と体の震えで目がさめる。余りに寒けがするので、厚手の掛け布団を引っ張り出して寝たのだが、汗びっしょりかいた。朝起きても非常に気分が悪い。下痢してるし、なんか変である。休みたいのだが、オープンキャンパスで休めない。やってる間は気分が高揚して無事に終わったのだが、どうも調子が悪いので家に帰った。飯食ってしばらく横になったが、腹の調子が悪く、トイレに行ったらしっかり下血していた。また胃潰瘍が再発してしまった。病院に行くと即入院になるので、明日まで様子みることにする。
8月6日土曜:胃潰瘍は出血はおさまりつつあるようである。行動実験に付きあわねばならないので、通常通り大学に行く。クソッタレPC9801が故障。マーフィーの法則にはまっているようだ。しかし、今日はマニュアルでデータが取れるだろう。

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2005/07/29

また1週間過ぎて行ってしまう

26日火曜:肺ガンで逝ってしまった同級生のアルバムページ作り。写真送ってもらったが、分割メールでうまく受信できない。電話で問い合わせ。分割設定を解除して再度送ってもらった。夜、追悼のメールなど織り交ぜてhtml化しながら涙ぐむ。急ぐことはないのに。

27日水曜:昼前、短い会議、明日の会議の準備

28日木曜:入試関係の会議 1時間半。夕方、レコーダーをパソコンでコントロールするために、FCNコネクター買いにパーツ屋へ。19時閉店なのに、まだ探している最中に18時50分に閉めやがった。次のパーツ屋に行ったら開いていたので探していたら、ホタルの光が鳴ったのには気がついたが、すぐに止まったので探し続けたが無い。出ようとしたら既に出入り口にカーテン、閉じこめられてしまった。アナウンス位やれよ。とても客商売とは思えない。二軒目の店は家電品屋なのに、やたら店員が多い。量販店は軒並売り場縮小をやっているのに大丈夫なんだろうか。

29日金曜:昼過ぎ、学部長とP1a申請について協議、それから事務へ、続いて研究科長と協議。大学で研究ができないなんてナンセンス。ついでに共同研究の申請許可のお願い。30-31日大阪での会議資料作り。クソ暑いのにと思いつつ。機関誌のニュースを作り、発送もしないといけない。

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2005/07/20

1週間

月曜:午後GLの実験、一応記録できる。学会予稿集原稿のオンライン入力。
火曜:昨日冷凍したものを解凍して神経走行確認。ホルマリン固定の方は神経走行を見るには不適当。セミナー学生と行動実験の準備。動物センターに組替え実験の問い合わせ。電話で会議やら飲み会の問い合わせが頻繁にかかって来る。学会予稿集原稿の修正。K先生から学会申し込みと学位論文の件などについて電話。
水曜:組替え実験の件で学部内をうろうろ。学内LANに罰則規定を設けると、バカなことを言っておられる。午後から会議、重要案件あり。その他、Y君の学位投票。
木曜:午後メインキャンパスで会議。
金曜:午後メインキャンパスで2つ連続で会議。
土曜:行動実験スタート。

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2005/07/18

頂きもの

 普通は、人から何か頂いて悪い気がすることはあまりないだろう。物を貰うということは高価であるかどうかにはほとんど関係なく、誰がどういう気持ちで下さるのかということで有り難みが決まる。しかし、送り主が誰だか分からない場合や、送り主の意図がつかめない場合は困る。また明らかに何か代償を期待するための贈り物も困る。
 今までに最も腹を立てた贈り物は、子供の薬の調合間違い(トータルで5回にのぼった)で薬剤部にどなりこんだ時のことだった。消え入りそうな声で「なんとかしてよ」という子供の様子が今でも目に焼き付いている。その後に持って来られたお詫びのメロンに激怒して、即座に突っ返した。アメリカだったらお前が訴えれば○○はお前に莫大な慰謝料を払わなければならなくなるだろうよ、とアメリカの友人は言った。
 もらい物で困っていることが二つある。一つは、よく頂くコーヒーセットである。これは数年前胃十二指腸潰瘍を患ってから全くコーヒーを受け付けなくなったからである。そのため、冷蔵庫の中に5年位経った簡易ドリップコーヒーが手付かずで眠っている。接待で出されるコーヒーは、ミルクをたっぷり入れて無理に飲む。飛行機でのサービスは必ず何にするか尋ねる。アメリカでは少なくとも Tea or coffee? 位は尋ねてくれる。宗教的な理由でコーヒーを飲めない人もいるからだ。もう一つはある生ものである。これは、以前、こちらではまともなものを食べられないと話したら毎年大量のそれを送って下さるようになったのだが、2年前に当たってひどい目にあってしまった。若いころ、サバに当たったあと強いアレルギーになってしまった経験があるので、それ以来カキは一切口にしていない。しかし断るのも申し訳なく、近所におすそ分けしている。その他、学位審査に関わった人に商品券などを贈ったりする悪習があるようだが、気持ちは頂いてお返ししている。
 最近、高血糖であることがわかった。そのあとに頂いた中元の甘いもの。おいしいので、血糖を気にしながらちょびちょび頂いているが、これも送り先によっては問題が起こるかもしれないということで、難しい。
 嬉しかった贈り物はたくさんある。子供が修学旅行で買ってきてくれたお土産や父の日の贈り物、昇進した時に頂いたもの、それに、学会賞。思い出と一緒に大切にしている。

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2005/07/03

ボランティア世話人会

6時半起床。あるボランティア団体の支部機関紙を印刷。本部機関紙と共に封筒詰。8時半に郵便局へ出しに行く。郵便局のATMの前には5、6人の列ができている。そうか、世間はボーナスが支給されて最初の日曜なのだ。私のボーナスはほぼ全額が右から左に借金返済へ。局の職員はいかにも嫌そうにぶっきらぼうな応対。国鉄と同じで、この人たちの横柄さは如何ともしがたい。民営化すればちっとは改善されるのかね。既に24時間受け付けが開いており、障害者団体用の低料三種もそのまま維持されている。民営化のメリットはいったい何なのか未だにわからない。

かみさん宛てのゆうパックをついでに受け取る。こちらは多分、パートだと思うが感じのいい奥さんが対応してくれる。しかし、家庭もあるだろうに日曜も朝から仕事とは厳しい。

自宅に寄ってから大学へ。数日前から時間があればノートパソコンにWin2000の再インストールを試みているがうまくいかない。約3時間かけるが失敗。どうもCD-ROMドライブがおかしいのではないかと思い始める。

昼から支部世話人会。事務局長を降りることができたこと、交代した事務局長がきちんとやって頂けそうなことでほっと一安心。今月開かれる九州ブロック会議にも出席して頂けるとのこと。親のグループを作るための集い開催の具体案を話し合う。4時半終了。大きなカボチャとナスを頂く。

夕食まで、ミナミの帝王 特別編をチャンネルNECOで。このシリーズはなかなか面白い。一昨日は、シネフィルイマジカで旅愁を見る。これは名前は知っていたが、初めて見た。白黒だがそれを感じさせない素晴らしい作品だ。

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2005/06/28

委員会

 昨日は、午前中別のキャンパスで委員会。委員長は私が大学院で直接指導して学位を取得し、現在は共同研究者でかつ飲み友達の先生の同窓生、いわゆる友達の輪である。もう一人の委員は私の大学の先輩である。いろいろ情報を入手。研究に関する委員会なのでうちの教室にとっては非常に重要な意味がある。午後にはこちらのキャンパスで委員会。こちらも午前中の委員会と関連ある委員会。30分で終了。その後翌日の講義の試験問題作成。
 夜、日曜の実験記録から図を作成。さらに過去の記録から図を作成。非常に重要な結果だと思っているが、まだ公表できない。さらにこれをどう発展させるか。

 今日は、暑く蒸し暑い。晴れ上がってくれれば多少暑くても何とか過ごせるし、雨がざんざん降ってくれれば、気温はそうは上がらないのでそれなりに過ごせるが、今日のような中途半端な天気は参る。例年なら梅雨明け前の大雨が続くのに、今年は空梅雨になる可能性が大きい。
 午前中は非常勤講師で別の学校へ教えに行く。午後、某先生に電話連絡。インターネットの件と昨日の委員会に関する件。共同研究の件で某社来室。打ち合わせ。その後某先生に会いに行き、昨日の委員会について、それに7月1日の説明会の打ち合わせ。
 夜は、お客さんと食事。

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2005/06/27

素敵な日曜日

 昨日は日曜。暮らしの手帳という本があったが今もまだ出版されているのだろうか。亡き母の愛読書で、戦後しばらく経ってからの「中流」の家庭の生活の役立つ情報提供誌というべき月刊誌だった。その中に読者の投書欄のような「素敵な日曜日」というコーナーがあった。ある日の日曜日のトピックを読者が綴ったものだった。大半はほほ笑ましい話でタイトル通りの内容だった。
 当方、昨日、朝1時間ほどblogに費やす。結構時間がかかる。午後実験C57:やっとCについて応答確認できた。しかし細いし技術的に非常に難しい。Cについてはこれまでに報告と同じ。PがCとは全く異なるということが自分で確認できてその意味は大きい。さらにGの記録方法を学ぶ必要あり。夜、非常勤の講義の中間試験問題作り。記述式から、図入り問題への変更。夜、学会のメーリングリスト、エラー発生アドレスチェック。20人分ほど会員情報を添えて事務局へ連絡する。
 学内LANが先週金曜夜から不調。半日メールが送れなくなる。日曜朝から再びおかしくなる。外からはアクセス可能だが中からは駄目。外部とのメールのやりとりが全くできない状態が夜まで続く。こんな信頼できないシステムなら、大手プロバイダと個々にBフレッツ契約した方が故障も少なく(というより無いというほうが正確か)でかつ安くつくのではと思う。
 夕方、床屋。行っておかないと今度いつ行けるか分からない。ご主人も奥さんもご主人の母上の老人介護で相変わらず大変とのこと。国の福祉に対する方針は相変わらず問題先送りで見通しが立たない。それにしても、民主党の岡田代表のピントハズレの政府追及を見ていると、かの党では日本はよくならないと諦めの気持ちになる。
 今日は午前午後と会議2つ。

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2005/06/25

ほな行ってみよう

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今日は土曜日。実験をやるつもりが、朝から論文を読み出したらお昼になってしまった。現在進めている研究のことやら学部のことやら、助教授と小一時間雑談。月曜には、交代してもらった委員会に出席してもらう。私は私で、午前と午後に2つ委員会がある。交代してもらって正解だった。大学本部は、応用可能な見栄えのする研究をしろだのいろいろ言うが、研究費はカット(以前の半分以下)、実験動物はできるだけ使うな、人はよこせという。これでまともな研究をしろと言ってはばからないのは、よほど研究の実際について何も知らないか頭がどうかしている。そもそもが、この国の指導者は、自ら米百俵とか言っておきながら、こういうことを大学に強制指導している。と、愚痴から始まってしまった日記でした。

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2003/11/02

中国のデモと働かないアリ

産経によれば、
「西安で起きた街頭デモは、千人余の中国人学生が『日本のイヌコロは出てゆけ』 『日本製品のボイコットを』など、激しい反日スローガンを叫ぶ異常な事態と なった。発端は日本人留学生の下品な寸劇だったと伝えられるが、日本を標的 とした急激な政治問題化の動きは、九月の広東省・珠海での「日本人集団買春 事件」に通じるようだ。
なお多くの点が不明な騒ぎだが、日本人を好色で下劣な民族と印象づける▽中国 人の民族感情を刺激する▽問題を外交ルートに乗せる−という三点で、珠海の 『日本人集団買春事件』と共通のパターンがうかがえる。
 タイミングも微妙。福岡での一家四人殺人事件の容疑者として中国人拘束が明 らかになった直後に『買春事件』が、瀋陽(遼寧省)で日本人旅行者誘拐事件が 発生した後に今回の反日デモ騒ぎが、なぜか起きている。」

 中国は何かおかしい。が、石原都知事の発言の目的も何なのか良く分からない。 騒げば相手の思う壺なのではないか。それに、宇宙船にしても別に中国 人が皆大騒ぎして喜んでいたようでもなかったが。

「石原慎太郎東京都知事は1日、鹿児島県指宿市内のホテルで演説し、中国が先月、 有人宇宙船打ち上げに成功したことに触れ、「中国人は無知だから『アイヤー』と 喜んでいるだけ。あんなものは時代遅れ。日本がやろうとすれば1年でできる」な どと発言した。」

2003年10月28日(月)働かない「働きアリ」
 北海道大大学院農学研究科の長谷川英祐助手らの発表によると、働きアリの一部は、 ほとんど仕事をせず、中には全く働かないアリもいるという。
 カドフシアリと呼ばれる小型のアリの3コロニーそれぞれ約30匹のアリに マジックで目印を付けて1匹1匹を識別し、その行動を毎日3時間、5か月にわ たり調べた。すると、全体の1―2割が、じっとしていたり、巣の中をうろうろ したり、自分の体をなめて掃除したりしているばかりだった。エサは、エサを集 めてきた働きアリから、口移しでもらっていた。優秀な個体だけでは、集団の 生産性は最大にならないことがわかってきている。仕事をしないアリにも何らか の役割があるかもしれないという。

2003年11月1日(土)秀才ばかりじゃ生産性低下!?アリのエサ集め研究結果
「大阪府立大大学院工学研究科の西森拓・助教授らがアリの行動をコンピュー ターで再現したら、そんな結果が出た。エサ集めの下手なアリが集団内にいた方 が、優秀なアリだけよりもたくさんエサが集まった。札幌市で開かれた日本動物 行動学会で31日、発表した。」

まあ、これは予想通りの結果なんだろう。集団で純粋培養された個体はひ弱に なるのは普通の現象だし、逆に、離れザルがボスに返り咲くなんて場合もあるし。 しかし、エディプスの話はさらに逆なんだが、あの神話は一体何を言いたいのか よくわからんなあ。

 ところで「働かない働きアリ」というのは、simileなのか、oxymoronなのか。

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2003/03/09

ラーメン道

 下火になって一時期ほど盛況ではないが、ラーメンのブームはまだ静まりそうにない。有名ラーメン店には行列ができて1時間待ち位は普通のようだ。なぜそれほどまでして1500円を越えるような高いラーメンを食べたいのか、その心理はよく分からない。

 テレビを始めとするマスコミの影響は大きいのだろう。独自の商売手法で有名になったそば屋がある。「支那そばや」というネーミングからしてそうだが、店内で話をする客をどなりつけたり酔ってビールを出せという客に金を突き返して店を追いだすなど、「変わった」接客をすることで有名になり、テレビでも大きく取り上げられた。

 心ならずも商売人としての道を歩んだ親父とお袋の姿を見て来て、お客様をどなりつける商売などというものが成り立つ飲食業界という異次元の世界があることをテレビを見て初めて知ったのである。

 この店主は、ラーメン屋を出したいという弟子を取ってはそれこそ殴る蹴るの修業をさせて分家を出したりしている。TBS テレビのガチンコでその様子が何週にも渡って放映され、またまた人気が出たようである。しかし、この番組、あちこちでやらせをやっているのが出演者からバラされて、またかのTBSとなった次第。

 それはさておき、この店主は味については自らは全く蘊蓄を傾けない。自分の作ったスープが絶対であり譲らない。しかし、この店主の味覚は信頼できない。彼を取り上げたある番組の中で、新規開店の準備の時に、ミネラルウオーターの準備ができていない。仕方なく、水道水を使うのだが、塩素があって駄目。これがあれば大丈夫という急遽の策が、水道水のタンクの中に自分の店で使っているという、多分石灰石の砂を入れる方法であった。しかし、そんな方法で水道水中の塩素を取り除くことなど不可能だ。あの、東京のまずい水をうまくするには活性炭で不純物を除去する以外に不可能である。

 彼は、ガチンコで弟子の作ったスープの味を頑強に否定し続けていたが、私には根拠のない彼の思い込みに見えて仕方がなかったし、水道水の一件でさらにその思いを強くした。一度、本人が作ったスープと彼に習った弟子が作ったスープの違いを本当に味分けられるか実験をやってみたらいい。不可能だろう。

 残念ながら、ヒトの味覚は嗅覚に多くの部分を頼っていて、本来それほど鋭敏な感覚ではないのである。したがって味自体は簡単に騙される。それに、おいしさは経験に基づく好みによる所が大きいから、絶対的なものではありえない。

 それはさておき、ラーメンは好物だったが最近は重すぎて食べられない。大盛りみそラーメンとドンブリ飯を食っていた時代がなつかしい。

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2003/03/04

にこにこ叔父さんのこと

 今の家に引っ越して暫くして、職場からの帰り道に、よくヘンな叔父さんとすれ違うことに気がついた。

 その叔父さんは中背で痩せていて面長、丁度お菓子の宣伝に出てくるカール叔父さんのように口の周りに濃いヒゲが生えていた。いつも長靴を履いていたのも変だったけれど、それよりも、いつも、何か良いことがあったかとつい聞いてみたくなるような、白い歯がこぼれ落ちんばかりの笑顔ですれちがうのだった。しかし、いつすれ違っても同じ笑顔なので、これは普通ではないということに気がついた。

 ある時は姿勢よく黒い長靴でママチャリに乗り、ある時は同じ姿勢で歩いていた。夕暮れの住宅街や、バス通りで、あるいは夜中11時過ぎにすれ違ったこともあった。どうも、夕方からほとんど同じルートを歩き続けているらしい。しかし、追い越すこともあったりいつもとは違う道ですれ違ったりで、同じルートだけを巡っているのではないようだ。 たまに、ひと月ほど見かけない事があった。ひどく心配になったが、またすれ違って一安心。そういうことが続いていた。

 ある日、台風でひどい暴風の日、風が少し治まったので職場に様子見に行くことにした。その時ににこにこ叔父さんとすれ違ったのである。この人、どうしてもいつもの道を歩いて来ずにはいられないことを改めて知り、胸が痛くなった。

 最近、また会わない日が続いている。(とうとう全く見かけなくなった。2005.12.3)

ニコニコ叔父さんのような人達には住みにくい世の中になった。

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2003/03/02

モクレンの花と風立ちぬ

暖かい日が続いている。

 職場のビルの窓から、いつものようにモクレンの花が咲いているのが見える。通勤の途中にも、いかにも咲いてますと言わんばかりに大きな白い花が満開になっている。形は水芭蕉の花に似ているかな。

 ふと、堀辰雄の小説の一節を思い出した。中央線の車窓から一瞬見えた白い花がコブシの花に見えたところで終わっていた。あれは、「風立ちぬ」の終わりだったのか、風立ちぬを収録している文庫本の中の「こぶしの花」という題名の小品だったのか、定かでない。

 「風立ちぬ」はサナトリウムに入院した恋人との純愛物語だったかな。「となりのトトロ」のお母さんもサナトリウムに入院したんだっけ。

「風立ちぬ、いざいきめやも」は「風立ちぬ」のモチーフだ。ヴァレリーの詩、

  Le vent se le`ve !   il faut tenter de vivre !

を訳したものなのだそうで、

  風がたった、生きなければならない

という意味だそうだ。ところが、堀辰雄の訳では逆説的に「生きられないだろう」という意味になってしまうらしい。

サナトリウムは死病と言われた結核患者の収容所だった。満州で結核を患った父は幸いにして生き永らえたが、私が小学校時代に、渥美清も肺結核で片方の肺を切除していたこと、彼がそれを乗り越えて偉大な役者として活躍していることを一度だけ称賛して語ってくれたことがあった。

でも、私の親父は戦争でも結核でも生き延びたのに、交通事故で死んじまった。折角の命だったのに、交通事故じゃしょうがないだろう。

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