2005/12/07

母が娘を18年軟禁

読売によれば、
 少女は10月28日午後、テレビを見ないとの言いつけを守らなかったとして母親から顔や背中を殴られ、はだしで家を飛び出した。所持金はなく、同市内の公園で寝泊まりし、水を飲んで空腹をしのいだという。11月1日午後、通行人に助けを求め、保護された。少女の身長は小学校低学年並みの1メートル20で、かなりやせていた。ゆっくりとした会話はできるが、漢字の読み書きや計算はできない。同署の事情聴取に対し「ずっと家の中で暮らしています。買い物もしたことがないし、友だちもいません」と話した。

 母親は、少女を就学させなかったことについて、「物を壊したり、排せつがうまくできないなど発育の遅れがあり、外に出すのが恥ずかしかった。他人の迷惑になるとも思っていた」と説明した。

 少女は父母と姉、兄の5人家族。父親は留守がちで、姉と兄は既に独立しており、ほとんど母親と2人だけの生活だった。博多署はネグレクト(育児放棄)の疑いもあるとみて捜査したが、養育を完全に放棄したとはいえないと判断、傷害容疑だけ立件した。少女は現在、検査入院している。

 一方、市教委は少女が小学校に入学する年齢に達した時から、中学校を卒業すべき年までの9年間、校長らに月1回のペースで家庭訪問をさせていた。しかし、母親が「娘の具合が悪い」などと面会を断り続けたため、少女の姿は一度も確認できなかった。
(2005年12月6日3時17分??読売新聞)

 昨夜のニュースステーションや今朝の各TV局で大きく取り上げているが、「発育障害」を勘違いしているらしく、母親の虐待によって発育に障害を来たして、18歳なのに小学生程度の身長しかない、なんとひどい母親か、という捉えかたのようである。今朝の朝のワイドショーの鳥越のコメント「アメリカでは子供は将来を担う国の宝だという考え方で」なぞピント外れもいいところである。

 問題の本質はそんな所にはない。恐らくはこの子には「発育障害」ではなく「発達障害」もっとはっきりと言えば知的な障害があったのだろう。母親はそのことを恥じ、この子を外に出すことを「迷惑をかける」と思ったのであろう。悲しいことだが、地方の閉鎖社会の中で障害を持つ子を持つことは偏見や差別に曝されることになり、その家庭の全員にとって死活問題となることはごく普通のことだったのである。そのため、様々な障害を持つ子供を家の中に閉じこめて「世間」から隠して生活するということはさほど珍しいことではなかった(今でも障害を持った人々が隔離された生活を余儀なくされている現状をどれほどの人が知っているのだろうか)。軟禁していたことが、この子の発達にさらに遅れを来した可能性は否めないし、母親はこの子の権利を奪っていたというのは明らかであるが、私にはこの母親を責めることはできない。

 テレビを見てはいけないという母親の言い分にも何かの理由があったのだろう。絶望的な母子だけの生活の中で、この母親はそれでも漢字を教え、この子は漢字ドリルを終わらせることができたことが嬉しかったという。ほんの15年ほど前に、日本の社会は、母親にこのような行動を取らせてしまうような社会であったこと、このような悲惨な状況からこの子と母親を救い出すことができなかった貧困な行政システムであったことを恥じるべきだろう。さらに、小泉政権は福祉政策を縮小させる方向で進んでいることを付け加えておく。

【追記】
大石英司は次のようにコメントしている。
「これ、母親が40歳で、上に男女がいるということは、22歳で次女を産んだ時点で、もう二人の子供を育てていたということですよね。ま、田舎のヤンママということなのでしょう。障害がどうのこうのということになっているけれども、これは嘘でしょう。上に二人の子供を抱えて、22歳の母親は途方にくれたんですよ。末の赤ちゃんは、とてもまともに世話できなかったに違いない。ネグレクトが長期化して、そこから脱出できなくなった。
 恐らくは、親の手を借りることも無かっただろう、22歳当時の母親の状況を察すると気の毒には思うけれど、こんな親が罰金刑で済み、関係機関が責任を感じていない現状はあんまりだと思う。」

「上に二人の子供を抱えて、22歳の母親は途方にくれた」そうかもしれない。しかし、障害があったというのが嘘、ということになれば、全ての話は只の異常な虐待ということになってしまうし、報道そもものの信頼性がなくなってしまうし、大石がこういうことを書くこと自体がナンセンスの極みということになってしまう。
 上に小さな子供たちがいて、障害を持った子供の子育てに途方にくれた、というのが真実ではないのだろうか。

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